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緑区制60周年記念トーク みんなの緑区

個性豊かなまちが集まってできた緑区は今年で60歳。まちは大きく変化しました。伝統的なまちはその存在感を増し、新しいまちは成熟してきています。この間にまちで活躍する人々も変わってきているのではないでしょうか。そこで、これからまさに中心となる世代の方から、伝統的なまち(有松)で活躍する佐藤さんと、新しいまち(徳重)で活躍する松尾さんに、それぞれが育ったまちでの経験を伺いました。お二人がどんな思いを持って活躍しているのか、ぜひご覧ください。

左から 松尾仁史さん、長嶋利久緑区長、佐藤貴広さん

<出演者紹介>
佐藤 貴広さん
→「晩秋の有松を楽しむ会」実行委員長。「有松絞りまつり」「有松ミチアカリ」などのイベントでも活躍中。「革を絞る くくる」代表。

松尾 仁史さん
→「全国若手商店街」全国理事長。ヒルズウォーク徳重で行われる夏まつりに立ち上げから携わるなど活躍。「有限会社ミドリメンテナンスサービス」代表取締役。

長嶋 利久 緑区長
→令和4年度より現職。

ルーツは緑区!

<長嶋> 緑区長の長嶋です。以前は住宅都市局でまちづくりをやっていました。大高と星崎を結ぶ大星橋や、環状2号線を作るときに緑区と関わりがありました。今日は皆さんとお話しできて非常にありがたいと思っています。よろしくお願いします。

長嶋 利久 緑区長

<佐藤> 佐藤貴広です。僕は有松で生まれ育って、今は絞り業をやっています。布ではなく革に絞りを行うのが一番のポイントです。同居していた祖母が絞りをやっていたのを見て育ち、私も物を作るのが好きだったので、高校を出て服飾の学校へ行きました。その経験を有松に落とし込む中で、「絞りっておばあちゃんが好きだよね」とか「実年齢より上に年が見られる」っていう声を聞き、「今の生活の中へ絞りをどう取り入れられるか」を模索した中で革に行きついてやっています。

<長嶋> おしゃれですよね、革で絞りって。服飾を選ばれた時は絞りを意識したんですか?

<佐藤> いえ、そこまで意識してなくて、ずっと染みついたものがあったんだなっていうことは後になって気づきました。例えば、小学生の頃は「古臭いまちだなぁ、マンションに住みたいな」って思っていたんですけど(笑)、やっとこのくらいの年になって、「守ってかないかん」という考えが分かるようになりました。子どもの頃は分からなくても、その時に感じていることはとても必要かなって。だから毎年多くの学校を回って子どもたちに絞りを教えていますが、ゆくゆくは緑区全部の学校に回りたいと思っているくらいです。

<長嶋> 実際に革の絞りをやろうと思ったのはきっかけは何ですか?

<佐藤> 様々な素材を試して壁にぶち当たりながら、いろんなことを思い返した時に、男性目線で見て日常生活で持てる絞りのものがないと思ったんです。男性の方で革って嫌いな人いないと思うんですよ。自分がいいと思うものを提供していくっていうのがこれからに繋がると思って、そういう意味で革っていう素材を選びました。

<長嶋> 革はカッコいいイメージがありますから、そこに伝統的な絞りが合わさると、クールっていう感じがします。

<佐藤> おこがましいですけど、緑区自体もそういう変わり方が僕は素敵なのかなって。これまでのことを引き継ぎながらどう新しくなっていくかっていうのを、今日はお話しできたらいいなと思って来ました。よろしくお願いします。

佐藤 貴広さん

<松尾> 松尾仁史といいます。僕は元々天白区生まれだったんですが、父が滝の水に家を買ってずっと会社をやっていて、今年で34年になります。僕はその2代目です。僕は住宅の仕事をしているんですけど、区内でも数10m違うだけでまちや人の雰囲気が違うって思うんですよ。なので、古くからあるまちと新しいまちの人がもうちょっとガッチャンコできるような場所にならないと、緑区っていうひとつのものにはなっていかないのかなと感じています。

<長嶋> 松尾さん自身は、ご自分のことを新しくやってきた人とずっと住んでいる人のどちらだと思っていますか?

<松尾> 自分は新しい方だと思っています。小学校では、昔から住んでいる子と新しく入ってきた子が混ざっていました。今でこそみんな仲良しですが、最初の頃は別々に遊んでいて仲良くありませんでした(笑)

<長嶋> 最初から家業を継ぐように言われていましたか?

<松尾> 全然。高校卒業してから料理人、アパレルの販売員をやって今の仕事に入りました。子どもの時から「衣食住の仕事はなくならない」っていうのが僕のベースにあって、僕はご飯を作るのが好きだったので、料理の世界に行こうってなりました。父に料理の専門学校に行きたいって言ったとき、10万円を渡されて、「これで市内の美味しいって言われている店へ行って、1番美味しいと思ったお店に頭下げて入れてもらってこい」って言われて、入ったところで1年半働きました。その後、アパレル販売員時代に情報誌の対談に参加した時に、「親父の仕事、尊敬してるな」と思ったので、その帰りにすぐ電話して「一緒に仕事したいです。入れてください。」って話しました。

松尾 仁史さん

<長嶋> 素敵なお父さんですよね。かっこいいです。

<松尾> いいエピソードだけしゃべりました(笑)今日は一緒に佐藤さんとご飯を食べながらロールプレイングしてきました。

<佐藤> 僕たち同級生なんですよ。

<松尾> たまたま一緒のチームでサッカーやってて。先週の日曜日も一緒に。

<長嶋> 佐藤さんの緑区でお気に入りの場所はどこですか?

<佐藤> やはり僕は旧東海道です。昔は銭湯が2つもあって、スーパーもあって、行ったら絶対知っている人に会うし、お店の人が自分の同級生の親だったり…。今は近所のスーパーへ買い物に行っても知り合いに一人も合わない。人との距離感が、自分が子どもの時より開いてきているのかなと寂しく感じていますが、でも僕は旧東海道が一番好きですね。

自分たちが好きなまちをみんなに知ってもらおう

<長嶋> 隣の人の顔が分かるような関係が良い方、ドライな関係が良い方、様々な考えの方がいますよね。私自身は、顔の見える関係がいいと思っていますが、そうではない方を巻き込んでいくには、どんな風にしたらいいと思いますか。

<佐藤> 古くからあるまちの今の関係性はとても居心地がよいのですが、それでも僕は新しい人を入れてまちを活気づけていきたいなと思っています。その抵抗感を消していくためには、みんなで一つのことに取り組むことが必要だと思うんです。みんなで取り組めることがあると、そこにいろんなまちからいろんな人が出てくるし、交流ができれば「じゃあ他のまちにも行ってみようかな」という流れができるんじゃないかと思っています。

<長嶋> 佐藤さんが新しいことを始めたとき、みなさんにはすんなり受け入れてもらえたのですか?

<佐藤> 1、2年で仲良くなって、みんなで力を合せましょうと簡単にはなりません。すごい自分のまちが好きなんですよ、みなさん。自分のまちが好きだからこそ、他の人に壊されてしまったら嫌で…という心配があると思うんです。「自分のまちが好き」という思いが、「自分たちが好きなまちをみんなに知ってもらおう」という行動になっていけたらと思い、活動しています。そこで仲良くなるための何かがあればいいなと思っていますが…松尾さん、どうかな?

<松尾> 例えば、絞りまつりや、鳴海の山車が出る祭り…緑区は山車も市内で一番多いと思いますが、そのようなまつりへ僕たちが参加したくても難しいことがあります。子どもの数が減っている中、「祭りを維持しよう・続けよう」ということを一番に考えた時には、一般参加の人も増えることも必要だと思います。まちをこれからも守るために、時代に合わせてアップグレードしていく必要があると思います。

<佐藤> 僕も「これまでのものを新しくしながら、後世に続けていくこと。それが守ることだ」と思っています。松尾さんの話の中で一番必要だと思うことは、同じ目標や目的をもって動くということ。みんな自分のまちが好きで、まちをよくしたいって言うんですよ。でも同じ目標がないから、みんながバラバラに「まちがよくなることだ」と自分が思う活動をして、結局自己満足に終わることもあって…。それぞれのまちだけじゃなく緑区全体になると思いますが、目標をもってみんなでイメージを共有できるかということはとても重要かなと思います。何か問題が起こっても、「目標はなんだっけ?」というところに戻れるので。

有松絞りまつり(平成29年撮影)

<長嶋> 目標というのが重要なキーワードと思いますが、ご自身の仕事では目標をどのように考えていますか?

<佐藤> 絞り業をやっている側としては、「産業」に戻ってこられたらということ。僕が絞りを始めて思ったのは、絞りがいつか額の中に入るものになっちゃうなということです。でも、僕が目指している方向は、伝統的工芸品の定義にもあるとおり「生活の中に使われるもの」なんです。それはアートではなく「産業」だからなので、「産業」としてもう一度…という思いがありますね。

<松尾> 僕の場合は、町並みをよくすること、圧倒的に緑区で一番信用されること、一番相談されること。そのためには地道に仕事をするしかないんですが、お客さんが代替わりした時にも繋がっていけるように会社を存続させることが大事だと思います。

まちの輪を広げた先に見えるもの

<長嶋> 新しいことへ取り組むにあたって、同じ思いをもってくれている仲間がいると強い力になると思いますが、いかがですか?

<松尾> 僕は「緑区大好き24万人プロジェクト」という会で、徳重のおまつりをやっています。新しいまちにまつりがないなら作っちゃえって、同じ意識を持てるような仲間がどんどん集まって…志ある仲間が集まれば百人力になります。

<佐藤> 僕は「晩秋の有松を楽しむ会」の実行委員長や「有松絞りまつり」の催事部長をやっています。あと、「有松ミチアカリ」の副実行委員長もやっています。ミチアカリでは名城大生と段取りから一緒にやっています。新しい子たちを有松に入れながらイベントに力を入れているところです。

夏まつりinヒルズウォーク徳重ガーデンズ

<長嶋> 佐藤さんの活動に理解を示してくださる方が徐々に増えてきた、そのターニングポイントになったことはありますか?

<佐藤> 以前言われた言葉の中に「一緒に汗を流さないと仲良くはなれんぞ」というのがあって。例えば僕らがチームメイトとしてサッカーするだけで距離感が縮まったのと同じで、一緒に汗を流すことはスポーツでも何でも大事だなと実感しています。絞りまつりの2日間だけじゃなくて、年間通じて有松と繋がっていってくれる、一緒にまちを盛り上げていこうという方に対して、僕らは本当にありがたいと思っていますし、そういう仲間を新しいところから増やしていけたらいいなと思っています。

<松尾> 絞りまつりの運営側には、絞り屋さん以外の異業種の方や街道沿い以外の方もいるの?

<佐藤> 絞組合主催のイベントなので絞り業の方が多いですが、異業種の方や有松以外の方もいます。絞りまつりは他のイベント会社の方に言わせると、地元の人間だけで運営していることがあり得ないというくらい大規模なイベントですが、みんなでいろいろ考えながら運営しています。去年くらいからは、大学の授業でまちづくりに関する勉強をしている学生たちにも率先して声をかけています。芸術や建築を学ぶ子たちから見て、どういう風にまちが映るのか。僕らの年と見え方が違いますね。彼らが見た時に次の10年が見えてくるのかなと思います。

<松尾> 新しい意見や若い子を取り入れたりすることも大事ですし、例えば同級生がやっている他業種の人たちを巻き込んでいくことで、さらにその周りの同業者の人を呼んでくれるというつながりの広がり方もあると思います。狭い世界で取捨選択して、ネットワークが広がる先を潰してしまうのはもったいないと思っています。

<長嶋> 若い人を引き込むことで縦のつながりを広げていく方向と、違う業種の同世代の方によって横のつながりを広げていく方向があるということですね。緑区って、大きな会社が来て大きなまつりをやりますという感じではなく、手作り感があるのが逆にとても良いと思っています。みなさんが参加して自分たちでやれることをやろうと取り組んでいて、それが大きな発信となって色々な方に来ていただいている。それは大事なことだと思うんですよね。その強いネットワークはとても大切ですし、この地域のいいところだと思います。

次の10年につなげるために

<長嶋> 緑区が好きだ、地域が好きだって人をひとつにしていく目標があると良いというお話をいただきましたが、具体的にこういう風にしたら緑区もうちょっと良くなるんじゃないかということはありますか?

<松尾> 区内のよその地域へ行ったことがないという人は多いと思います。今、SNS上で「住んだ・観光で行った・通り過ぎた・行ったことがない」などと色分けができる「どこいったマップ」みたいものがあるのですが、それを緑区で取り入れてみたらどうでしょうか。例えばここではご飯を食べたとか、友達がいるとか、自分の今の状況を把握できるようなツールを作り、それに行ったことがない地域の情報が紐づけされるといいと思います。この辺は飲食店が多いとか、公園があって駐車場が何台あるとか、この辺りは伝統工芸品があるとか。お店などの情報を調べる方法はいっぱいありますが、その情報に紐づくフックがないので、その地域のちょっとした話が添えられているといいです。そういう取り組みが拡散されて、「緑区、ヘンなことやってるよ(笑)」っていう話題作りになればいいですね。

<長嶋> 面白そうですね。お子さんも見られるようにして「おじいちゃん、ここ行きたいとか」みたいになっていったら全世代で楽しめますね。

<松尾> 第一歩が出ない事には参画はないと思います。結構、参加はしなくても見学には来てくれると思うんです。ゼロとイチってだいぶ違うので、まずイチを出させるための何かをすべきです。そこから、「ひとつやってみて楽しかった」「見てみて楽しかった」「来年も行ってみよう」というのが継続することによって、「参加してみたい」へ変わるタイミングを待つしかないと思うんですよね。毎日、毎週、毎月行かなきゃいけないものではなく、「1回だけ」の機会を増やして、それを毎年続ける。人それぞれ参画できること、趣味だとか引っかかることが違うので、いろんなちょっとずつのことを提案してあげる。その機会を増やすことが、緑区に関わることや緑区を好きになることに繋がっていくんじゃないかなと思います。

<佐藤> 僕は、各地域のリーダーのような人たちが集まれるような交流の場ができるといいなと思います。他の地域の誰にどう声をかけていいか分からなかったり、断られるんじゃないかと思ったりして、そもそも声をかけなかったこともあったと思います。同じ地域内でも新しくできたところと昔からあるところでの交流が全くないこともあるそうです。いきなり持ちかけたら難しいことも、各地域のリーダーが集まって、そこからその町に落とし込むことでハードルが下がることがあると思うんです。例えば、僕が松尾さんに「こういうことやりたいから助けて」って誰かを紹介してもらって、そしたら僕らも、「あの時、世話になったから」っていう風になって…。そういう風につながりがどんどん増えていくといいかなと思います。

<長嶋> 区政協力委員や民生委員などで活躍されている方以外にも、お二人のようにまちのためにいろいろ頑張っていらっしゃる方もいるので、そのネットワークということですね。

<佐藤> つながりがあれば、今困っていることを拾えるのかなと思っています。実際に動くのが僕らなのは当然だと思うんです。なぜならまちのことを一番知っているのはそこに住んでいる僕たちだから。困っているところとネットワークをつなぐことが緑区として必要な立ち位置だと思うし、そのために区民ともっといろいろ話をしてもらえるといいなと思います。

<長嶋> 本日はありがとうございました。60周年では今回を皮切りにいろんなところに行って話をして、皆さんのつながりを広げる懸け橋となれるようにもっと励みたいです。いろんな方とのネットワークを広げていく中で、みなさんが地域の皆さんや周囲の皆さんのために良くしようということをやっていらっしゃることが、行政にとっても非常にありがたいことなのだと感じました。50周年の時にマスコットキャラクターの「みどりっち」が誕生し、そこから「みどサポ」や「チームみどりっち」など、実際に緑区のために行動を起こしてくださる方が増えたことが、私はすごい出来事だったと思っています。60周年ではそれらを守りつつ、また新しい時代にふさわしい何かに変えていきたいと思っています。

編集後記

長時間にわたりお話しいただいた佐藤さんと松尾さんへ本当に感謝いたします。今回の対談は、有松と徳重という二つの地域の方にご参加いただき、お二人の考えやご意見を伺いましたが、緑区は他にも個性豊かな地域がいっぱいあります。本日、お二人がおっしゃられた意見以外にも、多くの考えやアイディアをお持ちの方がたくさんいらっしゃるのではないかと楽しみが増えた気がします。これからも多くの区民の方の多様なご意見に丁寧に耳を傾け、笑顔のあふれる緑区を目指していきたいと改めて感じた対談でした。

みんなにも読んでほしいですか?

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