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公文書の魅力!市政資料館の企画展「お米が高くて買えません!―公文書で読む大正名古屋の米騒動―」

※この企画展は終了しました。
こんにちは!名古屋市市政資料館の山形です。

今回は、2023年12月22日(金)から2024年1月19日(金)まで市政資料館で開催する企画展「お米が高くて買えません!—公文書で読む大正名古屋の米騒動—」についてご紹介します。

名古屋市の公文書館

皆さんは、東区にある名古屋市市政資料館を訪れたことはありますか?

市政資料館の建物は大正11年(1922)に建てられた名古屋控訴院・地方裁判所・区裁判所の合同庁舎で、国の重要文化財に指定されています。
その荘厳な建物を見にいらした方も多いかもしれません。
美しいステンドグラスの中央階段室やおしゃれな調度品の復原会議室など、見どころがたくさんあります。

市政資料館の外観
中央階段室
復原会議室

ところでこの市政資料館。実は名古屋市の公文書館だということはご存知ですか?

公文書とは公務員が職務上作成した文書のことです。
市政資料館では、明治22年(1889)の市制施行以後の永年保存の公文書を中心に、名古屋市政に関する資料の収集・整理・保存を行っています。

そして、歴史資料として重要な公文書や行政資料、新修名古屋市史資料(市史資料)の公開をしています。
2階にある閲覧室では、これらの資料をご覧いただくことができるんですよ。

閲覧室

今回の企画展では、市政資料館が所蔵する資料から、大正7年の米騒動でどんなことが起きていたのかを読み解いていきます。

文字ばかりの展示で面白くない?いえいえ、公文書も読んでいくと結構面白いんです。今回は、展示から公文書の面白さを少しだけご紹介します。

大正時代の物価高騰! 今と似ている?

その前にまず、米騒動について簡単にご説明します。

米騒動は大正7年(1918)に米の値段の急上昇をきっかけとして全国で巻き起こった騒擾(そうじょう)事件です。騒擾とは騒いで秩序を乱すことです。

今から105年前の大正7年(1918)。
その4年前に始まった第一次世界大戦はまだ終結しておらず、当時の日本は「大戦景気」に沸いていました。工場が次々と作られ、成金が生まれ、物価が上昇していく中、シベリア出兵が決定します。
すると、米が不足することを予想し「もっと米の値段が上がる!」と期待して一儲けしようと米の買い占めや売り惜しみが横行。米の値段が爆発的に上昇しました。
世間は好景気でしたが、その恩恵を受けられない人も多くおり、収入の少ない人々の生活は苦しくなるばかり…。

「お米が高くて買えない!」
そんな不満が頂点に達して巻き起こったのが米騒動です。
物価上昇に賃金の上昇が追い付かない状況…。なんだか令和5年現在と似ている気がしませんか?

その時の資料として残っているのがこちらの公文書『臨時事件簿(米価騰貴)』です。

『臨時事件簿(米価騰貴)』簿冊ID7480(A総T230)

騒擾(そうじょう)勃発

富山の「女一揆」が報道されたことをきっかけに全国へ広がった米騒動は、名古屋へも飛び火しました。

鶴舞公園 奏楽堂
鶴舞公園奏楽堂(昭和の初め頃):名古屋市蔵

大正7年8月9日夜、“米価問題についての市民集会が開かれる”との噂が広がり、鶴舞公園へ群衆が集まりました。

大正7年8月10日付『名古屋新聞』(市内附録)によると、その数は300~400人。その日、群衆はくすぶりながらも解散しましたが、翌10日夜にも群衆は集まり、投石や小競り合いが起きます。
 
大正7年8月11日付『名古屋新聞』(市内附録)によるとその数は3万人に上ったそうです。
なお、当館所蔵資料で米騒動関係の公文書がまとめて綴じられている簿冊『臨時事件綴(米価騰貴)』(簿冊ID7480(A総T230))のメモ(米価暴騰に関する協力依頼の件)には「約二万ノ群衆」と書かれています。
群衆の数については正確な数字を求めることは難しいですが、夜中にとんでもなく多くの人々が集まったということは分かります。
 
同じくメモによると、公園を出発して知事官舎付近に集まった人は400~500人ほど。群衆は名古屋市水道課のガラス障子に投石し、20枚ほどのガラスが割れたとか。
その後は解散したと書かれていますが、想像するだけでも物騒だと思いませんか?

米価暴騰に関する対応について協力依頼の件『臨時事件綴(米価騰貴)』簿冊ID7480(A総T230)より

メモからわかること
≪8月10日夜の群衆の様子≫

・8月10日には米価調節のため鶴舞公園で演説会があるとの流言があった。
・約2万の群衆が集合し、奏楽堂で演説する者もいた。
・午後11時頃には知事や市長に訴えるため群衆が公園を出発。
・知事官舎付近へ来た約4、5百名はどうすることもできず、隣接の市水道課のガラス障子に投石し20枚割って退散。その他は異状なし。
・群衆は解散したもののやや不穏の挙動がある。
≪名古屋市が11日に行った対策≫
・市会で議決した上で、外国米を実費分配する方法について決めた。
・外国米を実費分配することを周知させ、区民が軽挙妄動に出ないよう注意すべく、区長に電話で通知した。

待ったなしの緊急対策

日々の生活に困窮する人々、夜になると荒れる群衆……。

時は一刻を争います。どうにかして怒れる群衆をなだめ、食うに困る人々を救わねばなりません。

速やかな対応を迫られた当時の名古屋市は、米の廉売を実施することにしました。廉売とは安売りのことです。生活に困る人へ米を届けるには、誰かが米を安く提供しなければなりません。

しかし、一般に出回る米の値段は投機目的の買い占めや売り惜しみによって上がり続けていました。そこに歯止めをかけるには、役所などの公の機関が損得を度外視して米を安く売るしかありませんでした。
市は慌てて準備を進めます。

11日には市会へ追加予算案を緊急提出して資金源を確保しました。
そして、諭告第1号を発します。諭告とは、役所などの官が人民へ告げ知らせることです。

諭告第1号では、翌12日から外国米を原価で分配することを宣言し、市民に対しては軽挙妄動(何も考えずに軽はずみな行動をとること)を慎むよう求めました。
米を原価で一般よりも安く提供する用意がある、そのことを一刻も早く伝えて落ち着いてもらう必要があったのです。

しかし、まだまだ群衆はおさまりません。
その日の夜には負傷者が出る事態に拡大します。

名古屋市はもう一度、諭告を出して市民に呼びかけることにしました。
これは、13日に出された諭告第2号の文案です。

諭告案(名古屋市諭告第2号)『臨時事件綴(米価騰貴)』簿冊ID7480(A総T230)より
諭告案(名古屋市諭告第2号)『臨時事件綴(米価騰貴)』簿冊ID7480(A総T230)より

諭告第1号で市民に知らせた外国米の実費分配について、再度周知し、軽はずみな行動を起こさないよう念押しする内容です。
諭告第1号が8月11日に出されて、諭告第2号が13日に出されますので、これはその間に書かれたことになります。 

文案を見ると、赤字で修正が入れられています。
とてもマニアックですが、気になる修正箇所が2カ所あるので修正前と修正後を比べてみましょう。
 
【A修正前】
「最近毎夜間 多数ノ市民鶴舞公園内ニ群集シ 市内商店等ヲ襲ヘ 人心ヲ動揺セシムルカ如キハ 市民ノ品格ヲ傷フコト甚シク」
 
【A修正後】
「最近毎夜間 多数ノ市民鶴舞公園内ニ群集シテ騒擾シ 延テ市内商店等ヲ襲ヒ業務ヲ妨害スルカ如キハ 其行為ノ穏当ナラサルハ勿論 市民ノ品格ヲ傷フコト甚シク」
 
修正前は人心の動揺を問題視している文面でした。
当時の新聞を見ても「米屋町を襲ふ可し」などといった不穏な噂が広がっていたことがうかがえます。そうした噂に同調したり、不安を感じたり、まさに人心が動揺する事態が起こっていました。
 
それが修正後には、すでに群衆が市内商店を襲って業務を妨害している内容になっています。事態は不安視していた方向に動いてしまいました。

8月11日から13日までの間に、夜の騒擾が激化していたことがうかがえます。

また、もう一つの修正箇所では、以下のようになっています。

【B修正前】
「一般市民ニシテ漫ニ観覧ノ為メ群集スルカ如キ騒擾ヲ大ナラシムル恐アルヲ以テ互ニ相誡メ人心ノ沈静ヲ期スル様 特ニ留意セラルベシ」

【B修正後】
「一般市民ニシテ漫ニ観覧ノ為メ群集スルカ如キハ 騒擾ヲ大ナラシムル虞アルヲ以テ 特ニ父兄ハ能ク其子弟ヲ互ニ相誡メ 会社各種団体長等ハ其部員ヲ導キ以テ人心ノ沈静ヲ期スル様 特ニ留意セラルベシ」

修正前は、市民に対して漠然と、野次馬に走らず互いに戒めて落ち着くようにと求めています。
しかし修正後はより具体的に、「父兄」や「会社各種団体長」といった言葉を追加しています。

騒擾の激化を前に、父兄や会社・各種団体長に監督責任を求めて、実効性をもたせようとしたのかもしれません。

米の安売り?

8月12日から名古屋市による外国米の廉売が始まりました。当時の中区役所、東区役所、西区役所、南区役所で毎日午後4時から8時までの販売です。

なぜこんな中途半端な時間に?とも思いますが、夜8時以降は荒れる群衆が控えています。早く効果のある対策を打たなければ群衆は荒れ続けるでしょう。

とはいえ、米の手配や運搬、領収書の印刷など、必要な準備時間を取らなければ米の廉売を継続的に実施すること自体ができません。

午後4時までに米廉売の準備を進め、午後4時から夜8時までに米の廉売を実施し、群衆が荒れる夜の不穏な時間に間に合わせる……。
緊急事態下ではこの時間設定で販売するしかなかったのかもしれません。

外米引換券と外米購買券『臨時事件綴(米価騰貴)』簿冊ID7480(A総T230)より

名古屋市は外国米を1升19銭で市価よりも安く販売します。
より生活が困窮している人へは、その困窮度合いに応じて「外米引換券」(無料で外国米と交換できる券)や「外米購買券」(10銭分割り引いて外国米を買える券)を配付しました。

8月16日には内地米の販売にも手を広げ、外国米は1升15銭に値下げします。8月9日から続いた名古屋の騒擾事件は8月16日頃にほぼ沈静化しましたが、
その後も10月末日まで名古屋市による米の廉売は続きました。

名古屋市が米の廉売を行ったのは約2ヶ月半。その間には他にも色々とあるのですが、それはまた、企画展でご紹介しますね。

おわりに

文字ばかりの資料ですが、少しは面白いと感じていただけましたか?

公文書には、その時代の人や社会のあり様が時代を超えて閉じ込められています。どの時代にも共通することもあれば、社会の変化ですっかり変わってしまったこともあります。
でも、令和5年の物価高騰の最中を生きる今だからこそ、深く感じ取れることも多いはずです。

一度、大正時代に名古屋で起こった米騒動について考えてみませんか?

また、会期途中の令和6年1月5日(金)から1月19日(金)には、第4一般展示室にて米騒動展お正月特別企画「大正時代の昔あそび」コーナーが開催されます。
お正月らしい雰囲気の中で、メンコやけん玉などを体験していただけますよ。

ぜひ、企画展「お米が高くて買えません!―公文書で読む大正名古屋の米騒動―」にお越しください。

※この企画展は終了しました。
企画展「お米が高くて買えません!—公文書で読む大正名古屋の米騒動—」

会期:2023年12月22日(金)~2024年1月19日(金)
会場:名古屋市市政資料館 3階 第2・3一般展示室
※市政資料館は入館無料です。企画展も無料でご覧いただけます。
※休館日は下のチラシをご覧ください。

企画展チラシ


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